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kisarasaraのブログ

マギの本誌感想を中心に弱虫ペダル本誌感想とかも。

怒りの矛先【マギ336夜感想】


vsシンドバッド戦、7回戦な上シンドバッドの感情からくる信念と向き合いながらという非常に熱い展開になりましたね。

 

そして第1回戦で向き合うべきは「憤怒」と「英傑」。
改めてふたつの言葉の意味について調べました。

 

憤怒…ひどく怒ること。
英傑…知力、勇気などのすぐれている人。
(goo国語辞書より引用)

 

英傑という言葉はまさしくシンドバッドを象徴するに相応しい言葉ですし、憤怒も世界の理不尽を許せずに世界を変えると立ち上がったシンドバッドにぴったりの言葉です。
そしてそのふたつの信念を司る14歳のシンドバッドと対峙するのがジュダルです。

 

「憤怒」の感情から世界を許せなかったジュダルが怒りに燃える14歳のシンドバッドとの対面の構図を作ったのは納得です。
「憤怒」の感情から世界を許せないからこそ行動したのはシンドバッドもジュダルも同じです。
しかし、方向性が全く違っています。
しかし世界への怒りの方向がシンドバッドは「世界を変える」、ジュダルは「世界を殺す」で、「憤怒」の先をシンドバッドは環境を変えること、ジュダルは環境を消すことに向けられています。

 

「世界を殺す」といえば、白龍もジュダルと同じく宣言しましたが、何故ここでジュダル一人なのか?
ここがシンドバッドの用意した試練を越えるための重要なポイントになるんじゃないかと思います。

 

同じく世界に怒りを向けながらも、白龍ではなくジュダルが適任とされたのは、ジュダルが「王の器」ではないからなのではないでしょうか。
シンドバッドが迷宮バアルを攻略できたのは、世界を変えてやるという程の理不尽への「憤怒」とその第一歩を一人で踏み出すことが出来る「英傑」が備わっていたから。
どちらかが欠けていては世界を変える力である金属器を、ジンに認められ自らの手で手に入れることは出来なかったでしょう。

 

ジュダルは「俺は『マギ』だ。戦うのも一人じゃつまんねぇ。」という台詞から、王の器に力を貸すことこそが自らの生き甲斐、つまり王の器あっての自分であると読み取ることが出来ます。

そういう部分もあり、ジュダルは自身一人の力だけでは世界に挑まなかったのです。
つまり、迷宮バアル攻略にあたり必要な「英傑」が欠けていることがわかります。
故に、憤怒と英傑を司る14歳のシンドバッドとは全く違う視点から、世界の理不尽に対してどうするべきかという考え方を提示するに最も相応しい人物となるのではないでしょうか。

 

かつて怒りに燃えた白龍の槍と、怒りが具現化した形であるジュダルの槍で真っ二つに裂かれても14歳のシンドバッドに全く効果が無かったのには、聖宮での14歳のシンドバッドは「憤怒」だけではない、「英傑」も備わっている存在だからです。
だから、怒りだけでぶつかっては刃は通り抜けるのみになってしまう。
「憤怒」と「英傑」の観点から、つまり「王の器」に備わっているべき部分を論じて初めて反撃が出来るのです。

そしてその「王の器」に備わっているべきものが何か、一番拘りを持ち理解しているのは「王の器」本人ではなく「マギ」です。
本人に備わっていない部分だからこそ一番理解することが出来る。
そしてそれは誰よりもマギということにこだわりを持つジュダルだからこそ、ということに繋がるのではないかと思います。

 

また、14歳のシンドバッドというジュダルとの因縁がまだ無い状態のシンドバッドとジュダルが向き合うことで、ジュダルのこれまで明かされなかった思いや考えが明かされるのが大変楽しみです。
シンドバッドの王の器に惹かれたジュダルが、シンドバッドがどういう信念をもってして世界に立ち向かったのか、当時の感情そのものにようやく触れることが出来るのですから、期待せざるを得ません…。

 

そして他の三人も、ジンの司るふたつの信念のうちシンドバッドには備わっているけれど自分には欠けているものと向き合いそこからシンドバッドと対面するのかな、と妄想が捗ります。
ここでちゃんと一人一人に見せ場が用意されているの本当に嬉しいですね。

特にジュダルは、物語の立ち位置として敵役や相方として出ることが多く本人自身の独白が非常に少ないキャラでしたから、今から滅茶苦茶わくわくが止まりません……。
シンドバッドの思い残しも四人との戦いを通してわかってくるのが今からもう楽しみです。

 

最後に今週の扉絵滅茶苦茶ずるかったですね。
対比が上手~~~!!